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いわんやブログ

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2020年 11月 07日

隅田川・六橋散歩【両国橋編】

サクサクいくぞ六橋さんぽ。
柳橋から神田川河口、つまり隅田川につながる所を見るとこんな感じで隅田川の川っぺりの
遊歩道みたいなものが見える。ここに降りて「2橋め」に向かうとしよう。すぐ近くだし。
隅田川・六橋散歩【両国橋編】_c0393255_01053489.jpg
 
はい。2橋めはご存知の両国橋。橋の上の道は靖国通り。これは浅草橋と両国を結ぶ橋だから
柳橋から徒歩1分くらい・・っていうか、最初から見えてる(笑)。 ところでこの橋、なんで
「両国」という名前の橋になったかご存知?
隅田川・六橋散歩【両国橋編】_c0393255_01053412.jpg
 
橋を渡った向こうは国技館のある両国、総武線の駅だって両国駅だ。両国に通じる橋だから
両国橋、わかりきった話じゃねぇか、べらんめい!と思ったアナタは正解とは言い難い。

江戸時代のはじめ。この隅田川は武蔵国(江戸)と下総国の境目だったんですね。両方の国をつなぐ
橋だから両国橋。実はオレも最近知ったんだけどね(笑)。1686年に国ざかいの線引きが変更され、
その後は橋のコッチもアッチも江戸ということになったんだと。

昔は当然、木橋だ。だもんで大水で流失したり火事で焼け落ちたりしたこともあるらしい。
そのたびに付け替え、明治8年には最後の木橋が作られたけど明治30年の花火大会で見物人の圧力に
耐えきれず欄干崩落事故で死者まで出たんだと。関東大震災の後にも付け替えが行われたようだ。
隅田川・六橋散歩【両国橋編】_c0393255_01072709.jpg
 
落語の方で両国橋といやぁ、夏の噺としておなじみ「たがや」。特に落語好きな人でなくても
この噺のエンディングは知ってるかも。あれも花火の日、見物人でぎっしりの両国橋が舞台。

娯楽の少なかった江戸時代、両国の花火を見に集まる見物人の数たるやスゴかったらしい。
昔の絵を見ると橋の上はもとより隅田川の上も屋形船でギッシリだ。これらの屋形船の多くが
前回記事で書いた柳橋の船宿から出たものであることは疑いない(下の画像は国立国会図書館の
サイトから拝借した「新撰江戸名所 両国納涼花火ノ図」
)。
隅田川・六橋散歩【両国橋編】_c0393255_15460492.jpg
 
「たがや」は誰が演じても同じようなマクラを話すよね。
有名な玉屋が火事を出して廃業させられたとか、花火の「たぁまやぁ~~」っていう声のかけ方と
歌舞伎の「成田屋ッ!」っていう声のかけ方の違いとか。これは最後のオチに向けた予備知識を
聞き手に与える意味もある。

亡くなった星の王子様=先代の三遊亭円楽師匠がテレビでやった「たがや」を今でも覚えてる。
玉屋は一般庶民のファンが多いのに対し、武家が贔屓にしてたのが鍵屋らしい。でも侍が
御同役、見事な花火でござるな。うむ、ほめてつかわそう・・かぎや」なんて声をかけても
面白くもナンともないなんてマクラで話しておかしかったなぁ・・。

 夏の涼みは両国の 出船入船 屋形船 あがる流星 星くだり 玉屋がとりもつ縁かいな

「たがや」のマクラで必ず言及されるこの文句。「縁かいな」っていう端唄の文句らしい。
出典は知らなかったけど「たがや」を何度も聞いてるうちに覚えてしまった。

両国橋を下から見るとこんな感じ。水面から橋までがものすごく近く感じる。
背の低い川船しか通らない前提で作られてるからなんだろうな。
隅田川・六橋散歩【両国橋編】_c0393255_01072680.jpg
 
さてだ。今日の6橋散歩ではこの後ひたすら隅田川を北、上流に向かう。
現在隅田川の堤防の内側に遊歩道テラスが整備されてるから、そこを歩くわけだ。これは
その遊歩道側、つまり神田川河口ガワから見た柳橋。
隅田川・六橋散歩【両国橋編】_c0393255_10280354.jpg
 
さて、柳橋、両国橋ときて、散歩の終点まで橋はあと4つもある。行くか。
川べりの遊歩道の散歩は気持ちいいけど、目的地に着くまで身体が蒸発・溶融しないか
心配になるくらい暑い日だったんだよねぇ、この日も。

 


by tohoiwanya2 | 2020-11-07 00:04 | さんぽ 2020 | Comments(0)


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