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いわんやブログ

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2021年 01月 06日

都内ダークツーリズム その1

緊急事態宣言発出も秒読みの中、1都3県のみなさまお元気でしょうか。
こうなると海外はおろか国内旅行だって当分望み薄。となると去年の福岡旅行ネタも今や
貴重な残り少ない在庫。出し惜しみ気分に襲われる。

そういう時は都内散歩ネタだ。これはだけは新規ネタ生産が可能(笑)。
いつもは落語がらみの場所なんかを散歩してるけど今回はちょっと違う。新年早々なのに
内容は暗め。ダークツーリズムはアウシュビッツトゥール・スレンばかりじゃない。
都内にもダークな歴史を伝える場所はあるのだ。

行った先は南千住というところ。ここは前に都営新宿線トラブルで行くのをやめたところだ。
そのあとちゃんと行ってきたのである。

いわんやが若い頃の南千住って、町自体がけっこうダークだったんじゃないかと思う。
いわゆる山谷ドヤ街なんかが近いからね。ブラック企業に勤務してた20代に南千住近くを
車で通ったら道路にまで労務者風のオッサンたちがいっぱいトグロ巻いててびっくりした。
昔の南千住って、たぶん昔の大阪・新今宮と同じような雰囲気だったんじゃないかと思うのだ。

しかし今は再開発も進み、街もキレイになった。その南千住駅から散歩スタート。
駅前に松尾芭蕉様の銅像が。芭蕉は隅田川を船でのぼって千住から奥の細道の旅に出発したらしい。
都内ダークツーリズム その1_c0393255_00273732.jpg
 
しかし今日はダークツーリズムだから申し訳ないが松尾芭蕉は無視(笑)。
目指す場所は駅から歩いてすぐの小塚原回向院というお寺さんなのである。

小塚原という地名を見てピンときた方は江戸時代の歴史にちょいとお詳しい方かも。
落語なんかだとここは「こづかっぱら」と呼ばれる。品川の鈴ヶ森なんかと同じでここは
江戸時代は刑場だった。三遊亭圓朝作の長編怪談「真景累ヶ淵」なんかにも出てくる。
 
はりつけ、打ち首、獄門等々、江戸時代ならではの残酷ぅ~な刑罰がここでは日常茶飯事。
罪人は死後もロクな埋葬もされず、死体を食いにイヌが集まったりで、江戸時代のこの場所は
それはもう凄惨な場所だったらしい(もっとも当時は草っぱらの田舎だっただろうが)。

それじゃホトケがあまりにカワイソウっていうんで、後にここが回向院というお寺になった。
だからここはすごい数の「畳の上で死ねなかった」人たちの魂魄が漂う場所なわけですよ。
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中に入ると墓地がある。一般エリアと史跡エリアに分かれてて、史跡エリアの方には
けっこう有名人がいる。その多くは小塚原で首チョン切られたり火あぶりにされたりして
ここに葬られた人たちなんだと思うが・・。
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「毒婦」と言われた高橋お伝のお墓がある。明治時代に首切られて死刑。
谷中墓地の、ウチの墓の近くにも高橋お伝の墓があるけど、たぶん谷中の方は石碑だけで、
こっちがホントのお墓なのではないかと・・・。
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なんと俗称鼠小僧の墓もある。鼠小僧氏が最後に小塚原で処刑されたのは確かなようだけど
調べてみると墓は両国の回向院その他、あちこちにあるみたい。たとえ犯罪者であっても
後世まで名が残る有名人になるとお墓もいっぱい作ってもらえるんだね(笑)。
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盗人や人殺しばかりではない。思想犯や政治犯もいる。これは吉田松陰の墓。
現在は改葬されて墓石だけみたいだけどね。いわんやが勤めてた「怪しい会社」は小伝馬町に
あったんだけど、小伝馬町といやぁ江戸時代に牢獄のあった所。吉田松陰終焉の地って
石碑もあったけど、その後亡骸は当初ここに埋葬されたのかも。もっともその後改葬された
ようで、吉田松陰以外にも改葬されてお墓だけが残ってるケースは多いらしい。
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この辺にズラッと並ぶのは桜田門外の変で処刑された水戸藩士のお墓らしい。うーむ・・
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小塚原回向院は歴史の重みが凝縮したようなトコなんだよね。これは「観臓記念碑」。
観臓ってナニかっていうと、ここは江戸時代に解剖が行われた場所なのだ。杉田玄白たちが
それを見学し、後に解体新書を書いた。そう書くと学術的研究所みたいに思えるが・・。
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結局、それも罪人の死体を解剖したってことなんだよね。
小塚原ってところはそういうトコロなわけですよ。しかし日本近代医学という観点から
考えれば非常に重要な場所であることも事実。

回向院から日比谷線の線路をはさんだ向こう側には「首切り地蔵」っていうのがある。
これも元々は小塚原刑場のそばにあったらしくて、現在の地下鉄日比谷線は小塚原刑場の中を
突っ切るような形で作られてるんだな、たぶん。
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・・・ちょっとダークな気分になってきた?
しかし南千住散歩はまだ続きがある。個人的には小塚原刑場よりも次回の方がさらに
暗めの内容になると思うけど、おつきあい頂きたいのである。

 


by tohoiwanya2 | 2021-01-06 00:03 | さんぽ 2020 | Comments(4)
Commented by Bきゅう at 2021-01-06 21:42
わしも、小塚原といへば、解体新書と習い申した。貴殿のご健脚でござれば、その後、橋場の方へ抜けて、船宿で一杯か、はたまた、吉原の方へ出られるか。いや、ご隠居、まだまだご健勝でございまするな。
Commented by tohoiwanya2 at 2021-01-06 23:44
>橋場の方へ抜けて、船宿で一杯か、はたまた、吉原の方へ出られるか

Bきゅうさん:
確かに、おぬしの言う通り。
南千住からはワシが以前に都電に乗った三ノ輪は隣駅じゃからすぐ近くじゃし、
三ノ輪まで行けば吉原はもうすぐそこじゃ。じゃがの。ワシももうこのトシ。
吉原に行く元気なんぞ、もうないわい。ふひょひょひょ。
Commented by 権左衛門 at 2021-02-04 22:27
仕事が忙しく、久しぶりの訪問ですが、やはりわたしにドンピシャの話題ですなあ。
刑場跡もいつか巡ってみたいんですよ。のんびり刑場跡巡りをコンプリートしたいです。遊郭跡巡りも地味にやってたのですが、最近は、おちょろ船というのに興味を持ってしまい、広島県の大崎上島にあるもはや廃墟のかつての廓っぽい建物を見てきました。吉原も見返り柳までは行って、浄閑寺にお参りしましたねえ。荷風繋りで玉ノ井もいつか行ってみたいです。
Commented by tohoiwanya2 at 2021-02-05 00:34
>遊郭跡巡りも地味にやってたのですが

権左衛門さん:
いやまたシブいですねー、遊郭跡巡りとは。
実は私もたまたま図書館から遊郭跡を訪ねる的な本を借りて読んだんですが、
吉原、品川、千住なんて地名だけは残っても昔の遊郭の面影はホントに少なくなっちゃいました。
しかしその上に刑場跡って・・(笑)。東京だと小塚原と、あとは鈴ヶ森ですかねぇ。
こんど品川~鈴ヶ森あたりも歩いてみようかなぁ・・。


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