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いわんやブログ

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2021年 09月 02日

板橋さんぽ【板橋宿~縁切榎】

品川、千住、内藤新宿、板橋というかつての江戸四宿。
それぞれお江戸日本橋を出発点として、東海道、日光(奥州)街道、中山道の最初の
宿場町だったわけで、この辺は皆様ご存知。

東海道と中山道はともに京都と江戸を結ぶ。ご存知のように東海道は基本的に海沿いの
ルートで箱根とかの難所以外は何となく平坦っぽい。一方中山道は長野や群馬の山越え
ルートだ。しかも東海道は五十三次。中山道は六十七次。東海道の方が短い。フツーなら
京都と江戸の間を行き来するなら東海道の方が便利と思うだろう。オレだって思う。
 板橋さんぽ【板橋宿~縁切榎】_c0393255_00033759.jpg
 
しかし京都~江戸の行き来に中山道を使う人は少なくなかった。前回書いた近藤勇が
清河八郎って山師の口車に乗せられて(笑)、土方その他の仲間と一緒に江戸から京に
のぼった時に使ったのも中山道。下で触れる皇女和宮が京都から江戸に嫁入りする時に
使ったのも中山道。なぜそんな遠回りを?

要するに東海道は大井川とかの「川止め」があって旅程に不確定要素が多いんだな。
その点、中山道は若干遠回りだけど日程的な確実性が高い。というわけで江戸時代から
中山道は上方と江戸を結ぶ重要な幹線道路とみなされたようだ。
 板橋さんぽ【板橋宿~縁切榎】_c0393255_00392800.jpg
 
しかし四宿の中での位置付けとなるとねぇ・・板橋にはいささか場末感が漂う。
落語でも品川を舞台にした噺はけっこうあるけど、板橋が出てくる噺なんて三遊亭円生の
「阿武松」くらいだ(演者によって別の宿場町にすることもある)。四宿の中では最も
マイナーなのは認めざるを得まい。

とは言ったってなぁ、江戸時代(じでぇ)から続く歴史ある街・板橋だぞ。そのうえ
いわんやの生まれ故郷だぞ。板橋をバカにしやがったら承知しねぇぞくぬやろう。

なんて言ってるうちに仲宿に差し掛かる・・ああ懐かしい。
ガキ当時、「ナカジュク」って言葉は単純に中山道の向こうにある商店街を意味した。
社会の授業で「五街道」とか「宿場町」とかについて習い、あの中山道が昔はけっこう
“エラい道”だったこと、「ナカジュク」のジュクが宿場町の意味だということを知って、
自分がちょいとばかり歴史的な場所に住んでる気になった(笑)。
 板橋さんぽ【板橋宿~縁切榎】_c0393255_00401518.jpg
 
仲宿商店街は旧中山道に沿って形成されてるけど、どこもそうであるように旧街道は
道幅が狭い。人通りもけっこうある上に片道通行の車も通るからボーッと歩いてると
危ないんだけど、何十年かぶりの仲宿商店街だからついボーッと歩いてしまう。別に
何か歴史的建造物が残ってるってわけじゃないんだけどね。

これが石神井川にかかる橋。その名を板橋。区名の由来になった場所だ。
昔は板を渡しただけの橋だったのかというと、さすがにそれはないだろう。何せ中山道の
最初の(地方から来れば最後の)宿場町だから当然大名行列なんかも通っただろうし、
たぶん今再現された、この程度には立派な橋だったと推定される。
 板橋さんぽ【板橋宿~縁切榎】_c0393255_00404027.jpg
 
あー・・石神井川・・ここもホントに懐かしい。
板橋区南部に生まれた少年いわんやにとって川といやぁまず石神井川ですよ。このまま
川沿いに昔なじんだエリアに吸い寄せられたい誘惑を振り払ってなおも旧中山道を北上。
 板橋さんぽ【板橋宿~縁切榎】_c0393255_00405036.jpg
 
するとこんなものがある。縁切榎。
子供の頃は全然知らなかったけど、縁切榎といやぁ板橋宿の由緒ある名所として有名な
場所らしい。ここに願いをかければ悪縁を切れるというわけだ。イヤな男(女)と一刻も
早く別れたい方は行ってみることをお勧めする。
 板橋さんぽ【板橋宿~縁切榎】_c0393255_00410239.jpg
 
皇室から徳川14代将軍家茂のヨメになった和宮は京都からはるばる中山道を通って江戸に
入った。当然最後に板橋を通る。しかし恐れ多くも皇室の娘さんがお嫁入りする道に面して
縁切榎とは縁起悪っていうんで、板橋の手前からわざわざ迂回路を通って江戸入りした
らしい。そのくらい歴史ある縁切パワースポット。今も縁切り祈願の絵馬がいっぱい。
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しかしさすがは個人情報保護のご時世だけあって、内容はぜんぶシールで覆われてる。
まぁ縁切り祈願なんだから「〇山▽夫と別れたい!」「▲野◇子と離婚できますように」
なんて(たぶん)書かれてるはずなわけで、情報保護シールは当然と措置といえよう。
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縁切榎まで来たら板橋宿もだいぶ端っこの方なんだと思う。
引き返して、いよいよいわんやが生まれ育った町に入って行くか。ここからは歴史散歩
なんかではなく完全な「個人的思い出さんぽ」っぽくなるけど、寛大なる読者の皆様には
ぜひ広い心でお付き合いいただきたいのである。

 


by tohoiwanya2 | 2021-09-02 00:05 | さんぽ 2021 | Comments(0)


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