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いわんやブログ

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2025年 03月 03日

久々都内散歩③【子規庵】

鶯谷駅の北側一帯、ラブホ街のあるあたりは地名だと根岸。
根岸といやぁ江戸時代は文人墨客が隠遁するような田舎で、明治時代だっておおむねそれと
大差ないのどかな場所だったんだろう。そこに正岡子規が住んだ子規庵がある。
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この子規庵が例の「病牀六尺」の家であり、子規の絶筆三句が詠まれたのもこの家なのだ。
    
    糸瓜(へちま)咲て 痰のつまりし 佛(ほとけ)かな
    痰一斗 糸瓜の水も 間にあはず
    をととひの へちまの水も 取らざりき

・・と、この順に書いたらしい。その後昏睡状態になり深夜に永眠。34歳。
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中学生の時、国語の先生が「痰一斗〜」の句を黒板に書いて、死に瀕した病人の痛切な思いが
こもった一句である、みたいなことを説明してくれた。それ以来オレは正岡子規っていうと
「病気の人」ってイメージが強い。
久々都内散歩③【子規庵】_c0393255_18141362.jpg
 
しかしまぁあれから半世紀、ヨワイ66にもなってこの三句を見ると中学生の時とは違う感慨が
湧いてくるのは当然。一句めの「痰のつまりし 佛かな」で、子規はもう自分を故人扱いして
いるんだなぁ・・なんて思っちゃうわけ。

最後の三句めはもう「糸瓜」という漢字を書くのも難しくなってたんだろう。書き終えると
筆を投げ捨てたそうで、ほとんど力尽きたんだね・・。
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正岡子規が横たわっていた部屋から庭を見るとヘチマがちゃんとぶら下がってる、
冬だから枯れてしなびてるけど、夏にはいっぱいブラさがるようだ。当時の雰囲気が
濃厚に再現されてて、子規ファンにとっては通いつめたくなる場所だろうな。
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こんなものもある。子規がこの家で食ったもののメニューを再現したものだ。
重病人だった子規だけど食欲はすごく旺盛だったらしい。それを日記に残しているからこういう
ことが可能になる。
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それにしても朝「栗小豆飯三腕」、昼に「栗飯の粥四碗」、夜に「小豆粥三腕」、そのうえ
間食に菓子パン三個って・・確かにすごい食いっぷり。オレの2日分くらい食ってそう(笑)。
30ちょいでまだ若かったし、結核が死病とされた当時、治療方法がないからせめて滋養を
とるしかなかったってこともあるんだろうなぁ。
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うーむ・・いわんやは子規についちゃロクに知らないけど、この子規庵は大変雰囲気のある、
いかにも文学史跡って感じのイイとこだった。毎日公開してる施設じゃないけど、たまたま
この日は公開日だったのだ。見に来てよかった。
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この辺まで来るともう日暮里も近いから歩いていこう。下町散歩で終点が日暮里とくりゃ
いわんやが食うのは例によって紅吉坊の麻婆麺。もちろん辛さMAXの6・6ですよ。
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食う量は子規にはかなわないけど、山椒の量と辛さだったら絶対勝ってるね(笑)。

 


by tohoiwanya2 | 2025-03-03 21:34 | さんぽ2025 | Comments(0)


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