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いわんやブログ

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2020年 07月 09日

若かりしいわんやの黒歴史 その12

怪しい会社では国内出張がけっこう多かったって書いたけど、大体は出張した先の町で
特定業種をいくつも訪問し、話を聞いて、それをまとめるというパターンが多かった。
ただ、訪問すべき相手と、聞くべき話の内容は仕事ごとにガラリと変わる。

そういう出張はたいていアポなしの「行ってこい出張」ってことが多かったね。
一つの町で訪問先はいくつもあるから、出張日程に合わせて全部のアポを事前にとるなんて
ドダイ不可能。アポなしで行って、着いてから何とかするしかないわけ。ひでえ。

あれは入社1年後くらいだったかなぁ・・ある地方都市のホテルを訪ねて話を聞くという
仕事があった。聞いてくるべき各種情報の中でも特にある数字が重要で、それは必ず教えて
もらう必要があった(客室稼働率じゃないよ)。それさえ教えてもらえれば何とかなる。
教えてもらえないとドウにもならない。相変わらず怪しさ丸出しの仕事だ。しかも先方には
教えなきゃいけない義理は何もないときた。教えられませんと言われたらもうダメ。
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でもね、数多い「行ってこい出張」の中でこれはまだ比較的スジのいい仕事だったんだよ。
なぜならいわんやが実際そのホテルに泊まった上で話を聞くという形だったからだ。ホテル側も
宿泊客から「こういう仕事で来た者だが、ちょっとコレコレについてお話をお聞きしたい」と
頼まれれば断りづらい。実際、他のホテルではこのパターンで教えてもらえた。

しかしあるホテルだけはチェックインの時にフロントの人にどう頼んでもガンとして面談拒否。
困り果てて、この仕事を命じた東京の上司に電話し、「どうしても話してもらえない」と報告したら
上司もまた困り果てた口調でこう言った。


 
 
        「何とかしてくれ・・


こう言われた時、やけに素直に納得した。「そりゃそうだ」と思ったよ。
出張先から「仕事がウマくいきません」って電話をうけて、「こうすればウマくいく」みたいな
いい手を教えられる上司なんて、たぶんこの世にほとんどいない。特にこの怪しい会社みたいに
そもそもがあまりマトモじゃない仕事だと、標準的マニュアルなんてないわけで、上司だって実は
どうしたらいいのかわからないんだよ(笑)。そんな上司を頼っても意味はない。
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しかし「何とかしてくれ」って言われてもなぁ・・面談断られちゃったしなぁ・・・。
その日は仕事にならないまま寝て、翌朝のチェックアウトの時間になってしまった。この時、
フロントに別の担当者がいたから、せめて「例の数字だけでも」と思ってダメモトでコソッと
再度聞いてみたら、なぜかコソッと教えてくれた。なぜその人がコソッと教えてくれたのかは
永久にナゾだ。たまたま親切な人に当たって運がよかった、とでも考えるしかない。

勤労者の能力評価指標って業種業態によって大きく異なる。
仕事が正確でミスが少ないことがイイ社員であるという仕事もあるだろうし、モノを売る営業所
だったら当然営業成績の多い少ないが極めて重要になる。ピンチにおいて「何とかする力」も
重要で、そういう力はどんな仕事でも程度の差はあれ、求められるはずだ。

ただ、この怪しい会社の場合、この「何とかできるかどうか」が全てだったかもしれない(笑)。
その能力が高ければ、学歴が低かろうが不真面目だろうが結果オーライ。逆にその力がないと、
どんなに真面目で仕事に意欲があっても評価は高まらない、そんな会社だったと思う。

この事例の場合、いわんやはたまたま親切な人に当たるという幸運によって「何とか」できた。
すごくウマい手を思いついたわけでも何でもなく「もう一度聞くだけ聞いてみっかぁ」と思って、
聞いたら運よくウマくいったに過ぎない。でもそれによっていわんやは評価され、東京に戻れば
「さすがいわんや」と褒められるかもしれない(実際には特に褒められなかったが)。

何て恐ろしいことだ、思ったね。困った時に「何とかするチカラ」で勤労者が評価されること
それ自体は異常ではない。しかし、その「何とかできる、できない」を左右する最大の要素が
本人の努力でも才覚でもなく、単なる運・・となれば、これは恐ろしい。

しかし運こそ大事っていう職業もこの世にはけっこうあるはずだ。
時計職人とかなら運に左右される余地なんてほとんどなく、本人のスキルの高さがモノを言う。
でも戦場の兵士(これだって職業だろ)の場合、体力とか勇猛さと同じくらいタマにあたらない
「運のよさ」が生き残る上で極めて重要。この怪しい会社は明らかに後者に近かった。
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べつに「オレにはそういう仕事が向いてるから、そういう会社に入ろう」と思ったわけではない。
たまたまそういう会社に採用されてしまったこと自体もまた運。ないし偶然。

結局、いわんやはこの後ずーっと、この「運」を主要な武器として同じ職種を続け、定年までの
長いサラリーマン・ライフを乗り切ることになるんですねぇ・・恐ろしいですねぇ。

 


# by tohoiwanya2 | 2020-07-09 00:16 | むかし話 | Comments(2)
2020年 07月 07日

若かりしいわんやの黒歴史 その11

一度採用された会社で正社員になり損ねたり、落ちる気マンマンで有名企業の面接行ったり、
超ロクでもない再就職活動を繰り広げたいわんや。1987年末にまた別の会社に採用され、
1988年のはじめから出社し始めた(・・んだったと思うんだよなぁ)。

最初のブラック企業と区別するため、この会社のことは「怪しい会社」と呼ぼう。

とにかく業務内容がとても怪しい会社だったんだよ。
ここで詳しく説明しろと言わないで欲しい。自分のキセル乗車なら告白できたいわんやも
あの会社の業務内容はさすがに詳しく説明しづらいものがある。ちなみに、この怪しい会社も
3ヶ月間は試用期間、その後正社員採用っていう方式だったけど、何の問題もなくスムーズに
正社員採用された。結局オレってブラック企業や怪しい会社向きの人材ってことか・・・。

この会社に入ってみて、大きな偶然にブチ当たったことは触れておく必要がある。
業務内容は怪しかったけど、ついた職種がたぶんいわんやに合ってた。この後いわんやは数回
転職するけど、定年までずっとこの職種を続けることになるんだから、「いわんや向き」の
職種だったのは確かと言わざるを得ないし、それは大きな幸運だったと認めなければならない。
どんな職種かっていうと、まぁ・・簡単に言えば「書くシゴト」だ。書いたものが納品物。
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人にはあまり言えない業務内容で、職種は「書く仕事」。
これだけじゃわからんから、どんな感じか一つ例をとって説明しよう。その会社に採用されて
3か月くらい経って、ある地方都市に出張させられた。その都市の、ある業種を何軒も訪問して、
話を聞いて、結果を書いてまとめるという仕事。問題はその「ある業種」だ。

話を聞いてこいと命じられたのは結婚相談所だった。目的?・・言えません(笑)。
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某地方都市にある結婚相談所のリストを渡された。十数件はあったと思う。
町の広い範囲に散らばってるけど、車はないから駅前でレンタサイクルを借り、地図を片手に
自転車コギコギして回ったわけだ。

訪問アポは現地に着いてから、公衆電話で「コレについてお話をお聞きしたい」と頼むわけ。
時間がなくなるとアポなし突撃訪問もやりましたよ。あんな仕事よくやったよなぁ。

今なら婚活情報サービス会社が都会も地方も関係なくカバーしてるんだろう(よく知らない)。
しかし30年以上前の地方の結婚相談所なんてね、地元の「仲人好きオバさん」に毛が生えたって
程度の零細個人事業主が多かった。事務所は自宅兼用とかね。そういうところを回ったわけさ。

中に1軒、指定された住所を訪ねたら、聞いたこともない新興宗教施設ってことがあった。
面談相手はそこの教主サマで、この人が結婚相談もやるらしい。中では弟子みたいなのが
何人も働いてた。こう言っちゃナンだが訪問先もまた相当の怪しさだ。和室に通され、
教主サマから話を聞いてたら、彼がいわんやの顔をジッと見て言った。

「私はこうやって弟子を集めて宗教やってますし、結婚相談もやってますが、人相も見ます。
 さきほどからアナタの顔を拝見してると・・立派なオデコをしてますなぁ・・」

参考までに現在のいわんやのオデコの写真を。当時はもっと髪の毛が多かった(笑)。
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こういう面談結果を1件ずつ書いてまとめる。もちろんオデコの話は省略してね(笑)。
当時はPCどころか、ワープロだって用途が限られてて、こういうレポートは手書きが原則。
社員が手書きした汚い原稿を清書する「清書のおばさん」という職業まで存在したのだ。

何という仕事、何という日々・・・しかし世の中こういう仕事もあるんだよ。
こんな怪しい会社に9年も務め続けられたのは、ひとえに「書く仕事」という職種が自分に
合ってたからだけど、出張もソコソコあった。北海道も四国も九州も、初めて行ったのはぜんぶ
この怪しい会社時代の国内出張で、初の海外出張で東南アジアや中国に行ったのもこの時代。
「自分向きの職種にブチ当たった」ことと「出張であちこち行った」ことが収穫といえば収穫か。

この時代のネタもいろいろあるにはあるんだが、詳しく書けないモノばっかだからなぁ・・。
この後の展開、どうしたもんかねぇ・・・。

 


# by tohoiwanya2 | 2020-07-07 00:02 | むかし話 | Comments(0)
2020年 07月 05日

若かりしいわんやの黒歴史 その10

タイのダム湖絶景鑑賞計画失敗から、話はいきなり黒歴史シリーズに変わる。
何せ海外ネタは貴重だから出し惜しみしなければならない。久しぶりに黒歴史モノ。

若い頃の一人旅、黒い旅行シリーズが続いたけど、ここで再び勤労者としてのいわんやに
焦点を当てよう。江古田時代末期、さすがに生涯このままっってわけにもいかないと観念した
いわんやは再び勤労者生活にカムバックすべく、新聞の求人広告を見て数社に履歴書を
送ってみた。その時いわんや28歳(・・だったはず)。

どんな会社に再就職するかでその後の人生はかなり影響うけるわけで、今思うとあれは
運命の分かれ道だらけの時期だった。振り返ると「あの時もし、あの会社に・・」的な
出来事がけっこうあったんだよ。たとえば・・
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【あの時もしあの会社に・・ケースA】
履歴書を送ったある会社に面接に行き、さっそく採用されることになった。順調じゃん。
業種としては・・まぁ広告業界に含まれるんだろうな。最初に試用期間が3ヶ月あり、
その後正社員として採用されるという手順になってた。

配属されたのはソコの会社の本社ではなく、分室みたいなトコロ。ところがだ・・・
コッチは最初のブラック企業で「切った張った」の2年半しか企業経験のない若造。
一方、分室での仕事は「細かいこともキチンとソツなくこなす」ことが要求された。
いわんやにはたぶん決定的に向いてなかったんだね、あの仕事。

試用期間の最後に、そこの室長みたいな人からキミを正社員採用しないと宣告された。
この室長がいわんやみたいなタイプをとても嫌ってるのは途中からよくわかっただけに
正社員採用しないと言われた時は「ああ、やっぱな」って感じがあった。

とはいえ、当然ガッカリもしたよ。3ヶ月でまた浪人かい。しょうがないんで再び江古田の
安アパートで求人広告を見て、履歴書を送る生活に戻ったわけだ。


【あの時もしあの会社に・・ケースB】

次の運命の分かれ道は、ある会社の宣伝部員募集というのに応募した時だ。

有名タレントを使ったTVCMを当時ガンガン流してたから、同年代の人なら誰でも知ってる
有名企業だ。そういう会社の宣伝部社員なんて華やかそうじゃん?クライアントにコキ使われる
生活は散々やったから、今度はひとつ「広告代理店をコキ使うクライアントの宣伝部員」に
なってみようか、なんて悪心が湧いたわけ(笑)。
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ところが、1次面接で会った宣伝部長っていうのが、サラリーマン漫画に出てくるみたいな
イバりくさったイヤなオッサンの典型。こんなヤツの部下ンなるのはゴメンだったから、
即座にこの会社の宣伝部員になる計画は放棄。2次面接は行かなかった。

するとだ。夜になってその会社の人事部という人から江古田のアパートに電話がかかってきて、
「今日の2次面接におこしいただけなかったのは?」って聞かれた。あの部長の下で働くのは
イヤだからです、と言うのはさすがにマズいか・・と思う程度には大人だったようで(笑)、
「あ、他に決まりそうな会社がありまして」とウソをついた。

すると、何としても2次面接に来てくれと懇願された。オレは面接スッポかした応募者だぜ?
そんなヤツほっといて他のヤツ採用すればいいじゃん。しかし執拗に懇願してくる。

しょうがないから行ったよ。
「落ちたい気持ち」で面接したってのは後にも先にもあの時だけだ。時間が来るまで受付の
ロビーで待ったけど、気持ちの上では「落ちたい」と思ってるわけだから緊張感なんてゼロ。
「あそこに座ってるコかわいいな」とか考えてたのを覚えてる(笑)。

2次面接相手はまた例の、イバリくさった宣伝部長。
相変わらず尊大にフンぞり返って「キミは他の企業のイロに染まってないようだ・・」なんて
言い出す。まさかオレのこと採用する気?冗談じゃねぇぜ。「実は別の会社に決まりそうで」と
同じウソついて入社意欲の低さをアピールしたら、さすがに連絡は来なくなった(笑)。

この二つのケースで「もしあの会社に・・・」って想像するとけっこうコワいものがある。
もしケースAの会社で正社員になっていたら?

あの室長とソリが合わなかったことは間違いないから、ほどなく辞めたと思うんだよねぇ。
調べてみたらその会社今でもあるから、あのまま定年まで勤め上げた可能性もゼロではない。
でもあの会社にいたら海外出張なんてことは絶対になかっただろうなぁ。

ケースB、有名企業の宣伝部員になってたら?こっちはかなり劇的なものがある。
バブル崩壊までの7~8年くらいは享楽的生活を送った可能性が非常に高いのだ。代理店からは
クソ部長と一緒に接待も受けたはずで、ノーパンしゃぶしゃぶくらい行ってたかもしれんし、
こっちはTVCMのタレントを決める立場なわけだから、枕営業された可能性だって・・(笑)。
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しかしバブル崩壊後はヒサンそのもの。
調べたらあの会社、バブル崩壊後に民事再生法を2度申請したそうで、ボロボロの経営破綻。
間違いなく40代でリストラされて、その後のジンセイはもはや想像の範囲を超えてる。

こうして考えてみると、我ながら何てイイカゲンな生きザマだろうかと改めて呆れる。
「人生はまず目標を定め、そこに向かって着実に努力して・・」みたいな、成功への道として
正しいとされる要素がコレッパカシもない、偶然と運だけに依存した人生。今のいわんやは
過去の数限りない運命の分かれ道を経た末の、偶然の存在でしかないのだ。

ま、A・Bどっちになってたにせよ、イ課長の勤労者生活が全然違うものになってたのは
確かなわけで、イ課長ブログ→いわんやブログなんてものがこの世に存在しなかったことも
また絶対に確か。偶然のいたずらが生んだブログなんですな、ここは(笑)。

 


# by tohoiwanya2 | 2020-07-05 00:04 | むかし話 | Comments(0)
2020年 07月 03日

成功と失敗のはざまで【その3】

タイ国鉄の超ローカル線は意外なほどの高速で快調に飛ばす。
空が明るくなるにつれて、タイの深部ド田舎の風景がようやく見えてきた。
この辺もけっこう山が多いんだ・・。
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各駅停車だから時々駅がある。たとえばこんなの。これも駅なんだってば(笑)。
奥に駅名の立て看板があるでしょ?さすがは深部ド田舎。こういうの見ると楽しくなる。
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40分くらい走るとパーサック・チョンラシットダム駅についた。あれがダムか?
さぁいよいよ広大なダム湖を走る絶景高架線路が始まるぜ・・わくわく。
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お、見えてきた見えてきた。遠くにダム湖らしきが水面が見えてきたぞ。いよいよだぞ・・・
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いよいよ・・・いよいよ・・・しかしダム湖はなかなか姿を見せない。
まだ?そろそろ広大なダム湖になってもいいはず・・・うわぁ大きな右カーブ。ここは
本来なら海の上の線路みたいな絶景ポイントだったんじゃないの?でもダム湖ないぜ?
水たまりしかないぜ?おかしい・・。
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      ・・・ダム湖・・・ないやん・・・150.png150.png150.png150.png150.png


高架線路は延々と草原の上を走るだけ。下に水なんて全然ない。
また大きな右カーブが。ここも右側の窓から絶景写真撮影ポイントのはずだったが、
今はただの草っ原やん。ダム湖ないやん。
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これわドウいうことなの?こういう風景のはずだったんじゃないの?
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しかしこれは夢ではない。現実なのだ。
なぜかわからんがダム湖は消滅したらしい。こんな風に作物が植わった畑?まである。
ってことはだよ?少なくとも何か月か前にこの作物のタネをまいた時点ですでにここは
陸地として計画的に利用されてたってことだ。
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ひゃあ、牛の群れまでいるよ。今やここは牧草地かい。湖はドコに消えたんだ!
チョンラシットダムは昔読んだ「さまよえる湖・ロプノール湖」みたいに神出鬼没の
「さまよえるダム」だったのか?(笑)
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コトここに至れば「タイ国鉄随一の絶景を見る旅」は完全に失敗したと考えねばならぬ。
予定通りの列車で予定通りの路線を走ったけど、そこに予定通りの湖はなかったのだ。
ああ・・長大なS字カーブ。ここも絶景撮影ポイントになるはずだったのに・・・。
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この時は狐につままれたようだった・・・というか、今でもそうだ(笑)。
地図にも載ってる巨大ダム湖が消滅するなんて一体誰が考えようか?当然、消滅理由なんて
わからない。ものすごい渇水で水が干上がった・・という理由くらいしか思い浮かばないけど
今は(去年の話だけど)8月。雨季だぜ?ちょっと前にラオスで雨季のスゴい滝を見てきた
いわんやとしては「渇水・干上がり説」は到底信じ難い。

ダム湖消滅の本当の理由はタイ建設省のダム局にでも(あれば、だが)聞かない限り、
永久にわからないだろう。ハッキリしてるのは絶景鑑賞計画が完全に失敗したということ。
チョー早起きし、真っ暗な道でイヌ恐怖をくぐり抜け、いわんやは何のドジも踏まず、
タイ国鉄もチャンと列車を走らせたにもかかわらず、計画は見事に失敗したのだ。

だが「チェッ失敗、じゃ帰ろ」と簡単には言えん。ケンコーイの町はすでに約100km後方。
そこに戻るための逆方向始発列車が来るのは何時間も先だ。いわんやは呆然としたまま
下車予定だったタラート・ラムナライ駅まで運ばれるしかなかったのである。

 

# by tohoiwanya2 | 2020-07-03 00:02 | 2019.08 ラオス・タイ旅行続き | Comments(4)
2020年 07月 01日

成功と失敗のはざまで【その2】

さて翌日。この旅行における「いわんやのいちばん長い午前中」が始まった。

「ローカル線から眺める絶景プロジェクト」のスタートは4時半に起きることだったけど
いわんやは問題なく起きた。起きたトタンに昨夜からの深刻な心配事がよみがえった。
心配事があるとニンゲン早起きできるのだ。

2日前までは、その心配事って「ちゃんと早起きできるかな?」とか「タイ国鉄、時間通り
動いてくれるかな?」といったものだった。しかし前日ケンコーイに来てから急に新たな、
そして非常に深刻な心配事がもちあがった。

5時半の列車に乗るには夜明け前の真っ暗な中、例の淋しい一本道を駅まで歩くわけだけど、
問題はその道だ。その田舎道に野良犬がいっぱいいるのをいわんやは前日に知ってしまった。
昼間通った時は大体の野良犬が暑くてダラッとして歩行者のことなんて気にしないけど、
それでも吠え立ててくるバカ犬はいた。それが真っ暗な深夜となれば・・・。
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吠えられるだけならいい。万一噛みつかれたら一巻のオワリだ。
狂犬病リスクを考えればすぐ医者に行く必要があるが、朝5時の田舎じゃ医者もヘチマも
あったもんじゃない。要するに噛まれても対処の方法がない。ううう・・いやだ。そんな
命に関わるリスク犯すくらいなら行くのヤメようか・・・と前日に考えたくらい。

しかし「何のためにここに来たのだ」と思うと、貧乏性のいわんやはヤメる勇気が出ない。
しょうがない。行こう。たった一人で、真っ暗な、田舎のこんな道を早足で歩く。
同じことは決してしないで欲しい。ノライヌに遭遇せずこの道を通り抜けるのは不可能。
イヌがいなくてもご婦人ならこんな夜道を歩くこと自体がチョー危険。絶対やめてね。
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暴漢や強盗に襲われることより、とにかくこの時はイヌがこわかった。
うあああ!2匹寝ていたイヌがいわんやに気づいて起きた!こ、こっち走って来る、ぎゃああ。
ワンワン吠えたてて追っかけてくるよーー!!か、噛むな。吠えてもいいから噛むな。

こういう時は走らずに、無視して早足で歩き去るのがいいと思ってさらに歩を速める。
しかしイヌの鼻先(前足?)がいわんやのズボンの尻に触れる。ぎゃああ。この時は正直
生きた心地もしなかった。イヌのどの部位が触れたのか確認する余裕もなし。あの時の
「夜のイヌ恐怖」はこの旅行全日程を通じて最大の恐怖だったと今でも思う。

イヌ地獄を何とか通り抜け、まだ夜みたいなケンコーイ駅に無事到着した時、すでに
いわんやは今日使うべきアドレナリンの大半を放出した気分になってたよ。はぁ・・はぁ・・
あー夜のイヌ恐怖こわすぎ。もう一度言いますが、良い子は絶対マネしないでね。
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このとき時刻はまだ5時10分くらいだったと思うけど、それでも乗客がチラホラ。
とりあえず切符買おう。タラート・ラムナライまで1時間半乗って18バーツ(65円くらい)。
やっすうー。たぶん3等車しかない列車なんだろうな。
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発車前のホーム。5時ちょっと過ぎじゃまだ真っ暗。こんな時間にこんな田舎の駅で、
さらに深部ド田舎に行くためのローカル線を待つガイジン。物好きすぎないか?
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2両編成の列車が来たんで早速乗り込む。思ってたより乗客いるじゃん。
ダム湖で窓から乗り出して写真撮影するのを想定し、いわんやは進行方向に向かって
右側の席を取った。準備怠りないのである。
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しかし・・うーむ・・ボロい。これまで乗ったタイ国鉄のどの車両よりボロいかも。
まぁこの際ボロくてもいい。それより定時運行がんばってくれよな、タイ国鉄。
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いわんやの願いが効いたのか、5時半にちゃんと列車は走り出した。始発時間だけは
厳密というタイ国鉄の評判はここでも立証されたのである。
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あーようやく空が明るくなってきた・・ここまでは恐怖と不安に支配されてたが
ようやく「朝焼けのダム湖を見る」という期待感が湧いてきたぜ。
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冒頭に「イヌ恐怖」という大きな危機があったが、何とか無事スルーした。
いわんやはドジ踏んでないし、タイ国鉄はちゃんと動いてる。計画は順調に進行してる。

計画を失敗させる決定的事象はこのあと明らかになるわけだが、それについては
次回更新で明らかにしたい(気、もたせるねー)。

 

# by tohoiwanya2 | 2020-07-01 00:03 | 2019.08 ラオス・タイ旅行続き | Comments(2)