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いわんやブログ

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2020年 06月 09日

府中市・小さな旅【多摩霊園編6】

若い人はご存知ないだろうが、大昔、岡田嘉子さんという女優さんがいた。
1902年生まれっていうから、うちのオフクロより遥かに年上の、サイレント映画時代の女優さん。

この人は1937年に恋人とソ連に亡命した。むしろそれで有名になったんじゃないかな?
オフクロも岡田嘉子っていうと「ソ連に逃避行した人」で知ってたみたい。1975年に日本に帰国して
その時はけっこう騒がれたけど、彼女の出演作なんて当然見たことはない。
府中市・小さな旅【多摩霊園編6】_c0393255_01525141.jpg
 
それなのに岡田嘉子さんのお墓と聞くと見学したくなる。なぜか?話すと長くなるんだけど、
極力かいつまんで書こう。いわんやは一度だけ、岡田嘉子さんの実物を見たことがあるんだよ。
それが大変思い出深い夜のことだったので、その記憶と一緒になって忘れ難いのだ。

高校に入った頃、いわんやは自分の「正統派読書経験」の少なさにガクゼンとした時期がある。
知的な少年少女ならトックに読んでそうな名作文学をほとんど読んでない。しかし高校生にも
なってから慌てて「十五少年漂流記」や「海底二万里」とか読んでも遅れは取り戻せないだろ。
(この二作はオトコノコなら大抵は読むらしい)

そこで「ヘン路線」でいくことにした。みんなが読みそうもない本を読むことにしたのだ。
正統派に乗り遅れたなら、非正統路線で差別化を図るしかない。ああ・・あの頃から
いわんやの考えることはすでに立派にバカだった。

犯罪小説と思って読んだジャン・ジュネの「泥棒日記」あたりをきっかけに、主にフランス系の、
普通の高校生があまり読みそうもない本ばかり読んだ。モリエールの古い戯曲も何冊か読んだ。
そんなに面白くなかったけど、ヒトと違う本を読むことが重要だったのだ(←大バカ)。

そんな時期、コメディ・フランセーズの来日公演があったんだよね。上演作品の中にはいわんやが
読んだモリエールの「守銭奴」も含まれてる。せっかく原作を読んだんだからその実演も見とくべき
じゃないか?正統派路線じゃどうせ追いつかないんだから、この際「ヘン路線」を貫いてコメディ・
フランセーズの舞台ってのに行ってみようか。

「守銭奴」公演の場所は国立劇場。一番安い席でも高校生にとっちゃクソ高かったけど、
チケットをムリして買い、土曜の学校が終わったあと制服着たまま行きましたよ。夜の国立劇場へ。
もちろん生まれて初めて行く場所だ。同時通訳イヤホンなんて高額サービスに手が出るはずもなく、
客席で文庫本の「守銭奴」のページめくりながら観ましたよ、フランス語古典演劇を。

日本広しといえども、1976年のコメディ・フランセーズ来日公演を自費で、国立劇場で観た
高校生が一体何人いるだろうか?ものすごく少なのいのは確実で、若いころにヘン路線を
突っ走ってると、老人になってからこういう自慢だけはできるわけだ(笑)。

その国立劇場のロビーでいわんやは岡田嘉子さんを見かけたのだ。
当時のいわんやにとって彼女は「昔ソ連に亡命して、また帰国した大昔の女優」ってくらいの
認識しかなかったけど、テレビや新聞で顔は知ってた。すげー、さすが国立劇場、こんな
有名な人も来てる・・と思った。立派そうな紳士たちに囲まれてニコやかに談笑してたけど
それはもう上品でキレイなおばあさんなんでビックリした。(下の画像はNHKから拝借)
府中市・小さな旅【多摩霊園編6】_c0393255_01525130.jpg
 
コメディ・フランセーズ、初めての国立劇場、岡田嘉子・・あの夜の一連の記憶はバカ高校生だった
いわんやにとっちゃ、トツゼン上流階級のサロンに迷い込んだような思い出のセットになって
深く刻み込まれた。その岡田嘉子さんのお墓となれば見たい(やっとお墓に話がつながった)。

彼女は1972年に日本に帰国したあと、1986年にふたたびソ連に戻り、1992年にそこで亡くなった。
お墓は「山本家」となってるけど、これは岡田嘉子さんの養女の嫁ぎ先の苗字だそうで、以前は
岡田家之墓という石が置かれてたらしい。
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ワキにこんな石がある。「悔いなき命をひとすじに」って書いてある。
一緒に彫られた滝口っていう人は一緒にソ連に駆け落ち亡命した相手ではなく、その後ソ連時代に
結婚した相手らしいけど、彼女が帰国した時はすでに亡くなってた。
府中市・小さな旅【多摩霊園編6】_c0393255_01551071.jpg
 
彼女が女優として活躍した時期も、ソ連逃避行もいわんやが生まれるはるか前。
本来なら「ソ連から帰国した昔の女優さん」ってだけの存在のはずだけど、高校生時代の忘れ難い
“あの夜”の思い出と一体化した岡田嘉子さんだけに、これはもう書かずにはいられないわけですよ。

今日は岡田嘉子さんのお墓だけで一つ記事になっちまった。お長くなりました。
・・著名人お墓紹介っていうより、半分くらい「黒歴史」っぽかったかも(笑)。

 


# by tohoiwanya2 | 2020-06-09 00:08 | むかし話 | Comments(0)
2020年 06月 07日

府中市・小さな旅【多摩霊園編5】

せっかく東南アジア旅行の思い出を書いたのに、また多磨霊園に。
だってさー、最近ニュースで見るGOTOキャンペーンとやらが7月末か8月頃って言われてる
ことから考えると、8月にはとりあえず国内旅行ならできるようになる・・と想定できる。

ってことはあと約2か月先・・それまで去年の旅行ネタがなくならないようにしようとすると、
やっぱ多磨霊園や黒歴史にもうちょっと活躍してもらわねばならんのだよ(笑)。
府中市・小さな旅【多摩霊園編5】_c0393255_23535040.jpg
 
多摩霊園には俳優とか音楽家とか映画監督とか、そういう方面で活躍された方のお墓は比較的
数が少ないんだけど、その中から誰もが知るお二人の墓をご紹介しよう。

まず2006年に亡くなられた女優の岸田今日子さん。
府中市・小さな旅【多摩霊園編5】_c0393255_12420895.jpg
  
ご存知の方も多いだろうけど、岸田今日子の父は劇作家の岸田國士、母は翻訳家の岸田秋子、
姉は童話作家の岸田衿子。「岸田家」ってとにかくスゴいんだよ(ただし、こないだ書いた
岸田劉生とのつながりはないようだ)。

その岸田家の墓に、岸田家の一人として岸田今日子さんも眠っておられる。
墓石には何も書かれてなくて、これだけじゃ岸田家の墓と気づきようがないシンプルさ。
府中市・小さな旅【多摩霊園編5】_c0393255_18511523.jpg
 
ワキにある墓誌を見ると岸田今日子さんの名前が発見できる。ってことは、
岸田今日子っていうのは本名だったわけだ。
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いわんやくらいの年代で岸田今日子さんというと、「ムーミン」の吹き替えが懐かしいよねぇ。
中学生の頃だったかなぁ?この人は声優やナレーターとしても超一流だった。
府中市・小さな旅【多摩霊園編5】_c0393255_12261393.gif
 
ショーケンや水谷豊と共演した「傷だらけの天使」のナゾの女ボス役も忘れがたいなぁ。
「おさむちゃん?」っていう、あの喋り方はこの人ならではだった。あのドラマで共演してた
岸田森が岸田今日子の従弟だったって今回初めて知ったよ。岸田一族スゴすぎ。
(ムーミン持った画像はWendy-Netにあったもの、その上のヤツはNHKから拝借)

さて、自転車コイで多磨霊園をもうちょっと走ろう。もう一人有名な声優さんのお墓を見たい。

それはこれ。有名な声優で「山田家」という字を見ただけでピンときた方も多いだろう。
「ふ~じ~こちゃ~ん♡」「あっらー銭形のとっつぁーん」というあの声で日本アニメ史に
不滅の名を残すルパン三世・山田康雄さんはここに眠ってらっしゃる。
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調べると、TVアニメで「ルパン三世」が放送されたのは1971年。いわんやは中学1年だ。
オレの名は ルパン三世」で始まる冒頭の軽妙な登場人物紹介ナレーション、バックに流れる
英語のテーマソング。とにかく新鮮だった。この人は見た目までルパンそのものってことでも
有名だよね(下の画像もNHKから拝借)
府中市・小さな旅【多摩霊園編5】_c0393255_12340481.jpg
 
「ルパン」と聞いて多くの日本人が思い浮かべるのはアルセーヌ・ルパンではなくルパン三世。
そのくらいあのアニメが人気を博した点で、山田康雄さんの貢献は計り知れないと思うのだ。
府中市・小さな旅【多摩霊園編5】_c0393255_20180286.jpg
 
しかし洋画ファンいわんやとしては「クリント・イーストウッドといやぁ山田康雄」ってことにも
触れておきたい。こんな動画を発見したから貼り付けちゃおうではないか。カッコよすぎるぜ。
 

   
いわんやの推測ではこの名台詞、台本には「オマエの頭なんて一発で・・」と書かれてたんじゃ
ないかと思うんだよね。それを「おまえのドタマなんて・・」って言い換えたのは山田康雄さんの
アドリブだったのでは?そんな気がするんだけどなー。

お墓に名前が彫られてる。岸田今日子さん同様、山田康雄っていうのも本名だったんだね。
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パリのモンパルナス墓地を歩いた時もそうだったけど、俳優や声優さんのお墓を見てると、
ちょっとしんみりしちゃうねぇ。個人的には存じ上げないけど、その人の元気だった頃の
活躍をテレビや映画でたーくさん見てるだけにねぇ・・・。

 


# by tohoiwanya2 | 2020-06-07 00:04 | さんぽ 2020 | Comments(4)
2020年 06月 05日

コーン島 しみじみ・・そしてビックリ

このままじゃココは「府中散歩ブログ」と思われてしまかねないので、チョー久しぶりに
海外ネタを書こう。ちょうどラオスネタがほぼ書き終わって、あとはタイネタか・・と
思いながら写真を整理してて、コーン島のちょっとした出来事を思い出したから書こう。
みなさん、コロナさえなければここは海外旅行ブログになる予定だったんですよ(笑)。

メコン川をボートで渡り、おんぼろ自転車で泥道をサイクリングし、水牛のワキを通って
巨大滝を眺めに行き、高床式の家の下でスコールの雨宿り・・・
 
・・今思い返してもコーン島で過ごした二泊三日間の記憶はまさに別世界への旅。
「ああ、オレはいま別世界にいるんだよなぁ・・」としみじみ感慨にふけったことが
何度かある。たとえば・・

コーン島に到着した日の夕方、ホテルのテラスからぼんやり夕暮れを眺めてた。
昨夜泊ったパクセーもしょぼい地方都市って感じだったけど、コーン島に比べりゃ
大都会だった。
コーン島 しみじみ・・そしてビックリ_f0189467_14155876.jpg
 
近くからコドモの歓声が聞こえてきた。
船着き場にある、四角い浮き桟橋みたいな所で地元の男の子たちがサッカーやってんだね。
雨季のメコン川だから水量豊富で流れは速い。川に落ちたら危ないなぁ・・と思った。
コーン島 しみじみ・・そしてビックリ_f0189467_14155853.jpg
 
しかしそんな心配は地元の子供たちにはカンケーなかった。
ガキどもはやがて次々と自ら川に飛び込み始めるではないか。うわあ大丈夫かよ。
そこらの小川じゃない、大河メコン川だぞ。

子供が流されないかハラハラしたけど地元のガキにとっちゃメコン川なんて、泳ぎ慣れた
「流れるプール」のはずで、心配する方がおかしいんだろうな。ああ・・東京なんかとは
全然違う別世界に、いまオレはいるんじゃのう・・。
コーン島 しみじみ・・そしてビックリ_f0189467_14160703.jpg
 
そんな夕暮れも過ぎて夜。コーン島の夜は早い。レストラン周辺以外は真っ暗で、
晩メシ食って、缶ビール買ったらもう外でやることなんてない。
コーン島 しみじみ・・そしてビックリ_f0189467_11092617.jpg
 
従ってわりと早寝になる。昼間の泥道サイクリングで疲れてるし、部屋は冷房で快適だし
缶ビール飲んで頭はほどよくトロリとしている。そりゃ早寝になるわさ。秘境の夜なんて
それはもう静かなもんで、涼しい部屋でウトウトと入眠していく快さ・・・

・・・するとだ。
静けさをつんざくものすごい大音響で起こされた。人間が出す騒音ではない。

近所のノライヌたちが一斉に遠吠え大合唱の野外ライブをオッ始めるわけ。船着き場周辺の
ノライヌの数がすごいことはすでに書いた。このゲストハウスはそのノライヌ軍団の真ん中に
あるようなもんで、周囲のイヌどもが一斉に遠吠えするとどうなるか想像してほしい。
もうね、「死人も目覚める」という大げさな表現を使いたくなるくらい。

いわんやの知る夜の遠吠えって、どこかで1匹鳴き、それに呼応してアッチでも1匹、また
こっちでも・・感じだったよ?たとえて言うなら最初フルートが、次にクラリネットが
・・って感じでメロディー?を“受け渡し”ていくような「夜のBGM」だった。

しかしコーン島の遠吠え大合唱はそういうんじゃないの。いきなりトゥッティ(総奏)で
ドギャーーーン!と始まる。外でイヌの大虐殺でも始まったのか?と思ったくらいの、
すさまじい大絶叫。音楽でこれに近い例としてすぐ思いつくのはチャイコフスキーの
交響曲第4番、第4楽章の出だしかな。

しかしこのノライヌ合唱団の遠吠えライブは毎晩のことみたいで、一晩に2回くらいある。
たぶん地元じゃ日常的なことなんだろう。時には走りながらやることもあって、音源が
移動するライブ合唱は音響効果的に聴きごたえがあった(下の写真は昼間の合唱団員たち)。
コーン島 しみじみ・・そしてビックリ_f0189467_14160751.jpg
 
日本じゃイヌの遠吠えって聞かなくなったよねー。声帯除去手術が普及したせい?
それだけにコーン島ワンコ大集団による夜の遠吠え大合唱には最初ホントにたまげた。
イヌって遠吠えするイキモノだったってことを思い出させる、秘境の夜だった。

コーン島には都会人が忘れ去ったものがある・・なんて書き方はいわんやの好みではないが
還暦ジジイになって、あの秘境の島で数日を過ごせたことが今となってはホントに貴重。
「行けるうちに行っといてよかった」とつくづく思う、今後の生涯でコーン島以上の
秘境に行くことなんて、もうないんじゃないかと思うよ。

 

# by tohoiwanya2 | 2020-06-05 00:29 | 2019.08 ラオス・タイ旅行続き | Comments(2)
2020年 06月 03日

府中市・小さな旅【多摩霊園編4】

海外に行けない欲求不満いわんやの多摩霊園著名人お墓見学シリーズ。
今日はアートな雰囲気で行くぞ。二人の有名な画家のお墓をご紹介するのだ。

このお二人はすごく有名だから知らない人はまずいない。日本の少年少女が美術の教科書で
この二人の絵を目にしないまま学校生活を全うすることは不可能じゃないか?ってくらいで、
いわんやも教科書で見たような気がするけど、その前にすでに知ってたんじゃないかなぁ?
その一人が洋画家の梅原龍三郎。
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奔放というか豪快というか、画家もこのくらいになるともはや目が常人とは違ってる。
梅原は若い頃にパリでルノワールの指導を受けたこともあるんだってね。
(下の富士山図はヤフオクから拾ったもの)
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この人は長生きしたんだねぇ。満97歳で亡くなってる。ある程度のトシになったら公的な役職を
すべて退いて欧州と日本を行き来しながら自由な創作活動を続けたらしい。文化勲章をはじめ
フランスからも勲章もらってるくらいだし、「死後評価された」んじゃなく、生前に功なり名遂げ、
大画家としての名誉に包まれて亡くなったんだから幸せな芸術家人生だと思う。

梅原龍三郎のお墓。奥さんも一緒。墓石全面使って大きな字で彫ってあるあたりは
絵と同じように大胆奔放なタッチって感じがする。
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もう一人の有名な画家は梅原龍三郎より時代的には前の人で、活躍したのは大正時代。
この自画像をみればすぐわかるかな。個人的にはこの自画像は油絵のタッチが力強いし
こっちを見ている視線の強さにも圧倒されて、何度見ても傑作だなぁと感心する。
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自画像を知らなくても、こっちは誰でも知ってる。「麗子像」で知られる岸田劉生のお墓も
多摩霊園にあるのである。
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この人は38歳という若さで亡くなってる。しかしその画才は大変なものだったようで、
同時代の誰もが認める存在だったみたいだ。この絵なんかも素晴らしいよなぁ。
(上の麗子像と下の画像は大阪市立美術館の岸田劉生展のサイトから拝借)。
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しかし岸田劉生といえば何といっても麗子像。この絵を小学生や中学生の時に美術の教科書で見て
トラウマになった人も多いだろう。彼は麗子像を何枚も描いてるけど、下のヤツなんてほとんど
妖怪みたい(寒山拾得の絵を参考にして描いたらしい。画像はpinterestで拾ったもの)。
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そんな岸田劉生のお墓はこれ。梅原龍三郎と違って、すごく小さくて質素。
岸田家のお墓の中にはデッカい木がニョキッと生えてて、その木の陰に隠れるようにお墓がある。
昔の芸術家にありがちだけど、岸田劉生も借金して古画を買い込むワ、酒はガンガン飲むワで
家庭人っていうのとはほど遠い人だったみたい。
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ただ、興味深いのはモデルになった娘の麗子との関係だ。
麗子も後に絵を描いたようで、梅原龍三郎に師事したこともあるらしい。彼女自身による
こんな絵も残ってる。父親にタッチが似てるよね。家庭的とは言い難い人だった岸田劉生も
麗子をモデルにした作品数の多さから、娘のことは溺愛してたことが伺える。一方下の絵を
見ると、麗子にとっても岸田劉生は「アタシにはやさしいお父さん」だったのかも。
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そのお父さんのおかげで、日本近代絵画史上最も有名なモデルとなった岸田麗子。
彼女もこの岸田家のお墓に一緒に眠っているらしいという情報も読んだ。でも墓誌みたいなのが
ないから、正確なところはよくわからない・・・。
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5月の多摩霊園(写真を撮ったのは5月だったのだ)。
二人の偉大な画家の墓を、今日も初夏の日射しが静かに照らしているのであった・・。

・・・格調高いエンディングだのう。

(いわんや撮影以外の画像で特に説明のないものはぜんぶWikipediaから拝借しております)

 


# by tohoiwanya2 | 2020-06-03 00:02 | さんぽ 2020 | Comments(0)
2020年 06月 01日

府中市・小さな旅【多摩霊園編3】

犯罪歴まで公表し始めた黒旅行シリーズは一休みして、もう少し安心して読める(笑)
多摩霊園お墓めぐりまいりましょう。新たな旅行ネタを仕入れられるのがいつになるか
見通せない状況で、多磨霊園という存在はネタの採取場所として貴重だ。本日は二人の
漫画家のお墓をご紹介したいと思う。

まず一人め。この人はかなり昔の人だけどとても有名。
それは彼が生み出した「のらくろ」というキャラクターが国民的人気を獲得したからだ。
作者は田河水泡。1899年(明治32年)生まれで1989年死去ってことは享年90歳。
明治生まれの人としてはたいへん長生きした人だよねぇ。
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いくらジジイのいわんやでも「のらくろ」は読んでねぇだろ・・と思うだろうけど、恐ろしいことに
読んでるの。いわんやが小学生の時になぜかオヤジが「戦時漫画の復刻版」みたいな本を買ってきた。
漫画なら全てむさぼるように読む年頃だから、それもむさぼるように読んだ。だから「のらくろ」は
もちろん「ロボット三等兵」とか「敵中横断三百里」とか、ほとんど知られてない戦中マンガを
読んでるんだよ。あの本、今持ってたらけっこう値打ちモンだったかもなぁ。
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その本に収録されてたエピソードはのらくろが酒保(こんな単語もその本で覚えたのだ)で
おしるこを売る話。今でも覚えてるよ。子供心にもクラシックで、その分珍しい漫画だった。
昔のマンガとしては斬新な作画技法が盛り込まれてたはずで、見開き2ページ使った大画面の
モブシーンなんて、手塚治虫も参考にしたんじゃなかろうか、なんて思う。
(酒保(しゅほ)とは、軍隊の駐屯地(兵営)・施設・艦船内等に設けられ、主に軍人軍属たる下士官兵や同相当官を対象に
 主に日用品・嗜好品を安価で提供していた売店(出典:Wikipedia))

その田河水泡さん、本名・高見澤仲太郎さんのお墓。
国民的人気漫画家となり、長生きし、今こうして自分が生み出した人気キャラクターに守られ眠る。
なんだかとってもステキなお墓だなぁ・・と思った。
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多摩霊園にはもう一人、国民的人気漫画家が眠っておられる。自転車コギコギして移動。

長谷川家・・・といえば誰でもわかる。「サザエさん」や「いじわるばあさん」で知られる
長谷川町子さんのお墓がここなのである。
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サザエさんは長寿アニメにもなってるくらいで国民的人気漫画だけど、実際に長谷川町子が描いた
新聞マンガを読んだ人はだんだん少なくなってるんだろうなぁ。

いわんや家は朝日新聞とってなかったので、新聞でサザエさんを読んだ記憶は少ない。でもなぜか
「いじわるばあさん」の単行本は3冊くらい持ってた。善根とか感興とか、そんなムズカシい言葉も
小学生の時に「いじわるばあさん」で覚えたのだ(笑)。個人的には長谷川町子さんっていうと
「いじわるばあさん」だなぁ。
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よーく見ると墓石の中央に十字架が刻まれてる。
知らなかったけど、長谷川町子のお母さんが熱心なクリスチャンだったそうで、娘の町子も
クリスチャン。
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さらに、これまた知らなかったけど、実は長谷川町子って田河水泡の弟子だったんだと。
長谷川町子が最初マスコミに紹介された時も田河水泡の推しがあったようで、こんな記事も残ってる。
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「同じ漫画家のお墓だから」っていうんで一つ記事にしたんだけど、実はこの二人はレッキとした
師弟関係だったと。いやー・・多摩霊園めぐりしてるといろいろ勉強になるのう。

(本日使用のお墓以外の画像、長谷川町子の古い記事はWikipedia、のらくろやいじわるばあさん
 等はぜんぶAmazonからでござんす)


 


# by tohoiwanya2 | 2020-06-01 00:01 | さんぽ 2020 | Comments(2)